2006年07月17日

時々再発が不安に・・

 今は元気で仕事できています。
 食事制限も何もありません♪しかし、時々不安になります。
だから、一日に何回オシッコに行ったかな?とか
手・足を押さえてみてむくんでいないかな?とか
確認したりします。
 今のところは、ただの肥満だったりしてますが^_^;・・・。
 おなかを押さえると、別の意味で怖くなります・・・(T_T)

 ネフローゼという病気はやっかいですね。
だけど、今頑張っているみなさん!必ず良くなりますから、負けないでください。必ず良くなります♪少なくとも私くらいには♪
 

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2006年04月19日

マラソン大会

思い出した順に書いてすいません。

ネフローゼが完治したのは、14歳。
発病したのが10歳。その間、幼稚園・小学校・中学校ときました。
この間、マラソン大会(当時はそう呼んでいたような・・・)は走ったことありませんでした。^_^;

いつも休憩で、病院の診断書を持っていって、休んでいました。
走りたかったですねえ。だからといって、今にどう影響したのか・・これはわかりません。
運動音痴なのはそのせいかもしれませんが、生まれつきかもしれません。これは、返っていい言い訳になっているのかもしれませんしね♪。

だけど、今が元気だからそれでいんですよね♪。

仕事初めてから、ずいぶん無茶な仕事もしてきました。
半年間休みなし、徹夜での仕事を2週間などなど・・・・。
だけど、一度もネフローゼでは、倒れたりせず、普通に過ごせています。
両親に感謝です。
今は年老いた両親ですが、こころから感謝しています。
あまり、面と向かっては言えないのですが・・恥ずかしくて。困ったものです。

今、ネフローゼの子供を持つ親の皆さん!頑張ってください。
私にはそれしか言えませんが、子供は、感謝します。必ず感謝します。


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2006年04月17日

ナスの縦割り

病院で食べたご飯で、今でも覚えているものがあります。
それは、皮をむいた茄子を、二つに縦割りにして、火を通しただけのオカズ。
^_^;
これに、味付け無しです^_^;

これ、不味い。とにかく不味い。なんの味も感じない。
母親が良く「あんたその話、いつまでたっても言うなあ」と言います。
はい。それぐらい不味くて覚えてるんです。

それでも時々、また食べてみようかなあ・・・と思うのは、なぜでしょう?

「ノキシノブ茶」も、また飲んでみるかなあ。


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2006年04月14日

ノキシノブ

私が、幼い頃から、病院でもらう薬以外に飲んでいたもの。
それは、ノキシノブという薬草を煎じたものでした。

noki01.jpg

ほぼ、日本全土に分布します。
屋根の軒端に生えることもあり、この名前があるようです。
別名をヤツメランというらしく、これは、葉の裏側の胞子の並び方きているようです。

noki04.jpg

昔から、利尿作用のある漢方薬として知られているそうです。


退院後、とにかく、オシッコが出ないのだから、出るように、という両親の思いがあったのでしょう。
よく、出前をお願いしていた「うどんや」さんの叔父さんに、この植物の話を聞いたようです。

私の服用の仕方を説明します。
あくまで、私個人の場合です。とにかく事実だけお伝えします。
これが、ネフローゼの皆さんにあうかどうかは保証できません。ですから、必ず担当医に確認をしてから、服用するようにしてください。

1、まず、ノキシノブをとってきます♪
  少し日陰の多い林、特にコケの生えている木の多いところ。ここには必ず
  生えている、と考えて間違いないと思います。
2、とってきたノキシノブを、カラカラになるまで干します。
  陰干し、日干しの差は無かったように思います。
3、カラカラになったノキシノブを、ヤカンにいれ、水をいれ、沸かします。
  お茶をヤカンで作る要領です。
4、少し濃い目の茶色になりますので、ガスを止めます。
5、冷やして、お茶代わりに飲みます。

とにかく飲みます。

私の場合は、常にこれを飲み、普通のお茶は飲みませんでした。
ずっとこれです。
遠足にもこれを水筒にいれて、どこに行くにもこれを飲んでいました。
最初は、少々癖があるので、気になりますが、次第に慣れてなんとも思わなくなりますから安心してください。

朝・昼・晩と、病院でもらった薬はずっと飲んでいました。
それと、この特製「ノキシノブ茶」です。

運動は、完治の声を聞くまで、持久走はできませんでした。しかしそれ以外の体育の授業は受けていました。
食事は、とにかく塩分を避けることですよね。
完治まで、カレー、ラーメン、塩鮭、塩昆布などなど、食べたことはありませんでした。

家族みんながカレーを食べているときに、私は、母親特製「ケチャップカレー」です^_^;
これ、素直にカレーではなく、トマトベースのシチューですよね♪
お魚は、白身のものしか食べたことありませんでした。
幼いころの発病だったから、きっと我慢できたんですよね。
でなかったら、到底我慢できませんでした。小さいころから、それしか食べてないから、我慢でもなかったんです♪

だけど、とにかく「ノキシノブ茶」です。
これだけは、常に飲んでました。水でもなく、お茶でもなく、水分補給は全て「ノキシノブ茶」でした。

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2006年04月13日

出会い

入院中は、いろんなことがあったと思いますが、あまり覚えていません^_^;
ただ、はっきりと覚えてるのは、同室の子供同士で散髪をしあって、ひどく怒られたことがありました。m(__)m

この入院中に、私の人生にとって大きな出会いを果たします。
それは、本でした。

私の様子を見て、医者にいくよう勧めてくれた叔父さんが、本を持って見舞いに来てくれました。最初に持ってきてくれたのは、小学館の「たのしい幼稚園」♪それらしいじゃないですか♪
そこで、たくさんの字を覚えました。次に持ってきてくださったのは、「十五少年漂流記」という本でした。
この本、本当におもしろくて、何度も何度も読みました。ふりがながうってあったように思います。今でも実家には残っているかもしれません。

この本から本格的に私の本好きが始まります。
どんどんどんどん読むようになり、病院を出る頃には、4歳の子としては、漢字も含めて結構読めるようになっていたようです。
中学の夏休みには、「新潮文庫の百冊」キャンペーンに刺激されて、本当に100冊読んでしまいました^_^;

4ヶ月の入院ののち、退院。しかしその後3ヶ月して再入院・・・。

この時の両親の思いはどんなだったでしょう。
子を持つ親の立場になってみて、やっと分かるようになりました。
今も母親は私の体を心配しています。
本当に、本当にありがたいです。

九州は鹿児島、喜入町というところが両親の実家です。
今は石油基地があります。
父親は、母と再婚して、30過ぎて京都に出てきて大工になりました。鹿児島に残れば、みかん山もあり、田んぼもあり、畑もあり、農業で暮らすことはできたはずです。それを置いて二人で出てきたそうです。
いろんな思いの中での、最初の子供が私で・・・・。
難病を持つ子だった。きっと、なんのつみも無い責任を感じたり、悩んでくれたことと思います。ここでは語りきれませんが、心から感謝しています。

しかし、この再入院後、私は、今まで入院はしませんでした。
そして経過は良好をたどり、14歳まで通院し。完治となります。
そして今は41歳になろうとしていますが、今まで一度も蛋白はでていません。
食事制限も、運動制限もありません。

私は愛煙家で、お酒はあまり飲めませんが、カレーを食べ、ラーメンを食べ、塩分制限、油分制限、全くありません。
こんなに普通に暮らせるようになったのは、両親の努力の賜物でした。

これから、書こうと思っていることは、ネフローゼの治療薬ではありません。
たまたま私には適合しただけかもしれませんし、特効薬ということでは無いかもしれません。
ただ、病院でもらう薬以外に、このことしかしていませんので、これが良かった、としか私は思えないのです。
14歳の最後の通院のとき「一応治ったものと思います。これだけきれいに治った例は少なく、京都では一番目かもしれません。しかし、原因も分からない病気なので、本当に治ったと言えるかどうか、前例が無いので、分かりません。年数を経て、再発するものかもしれません。しかし、2年間薬も出さずに経過を診て、全く異常はありません。おめでとうございました。」
と言われました。

この言葉を、今ネフローゼという病気と闘っている方、皆さんに聞いていただきたい。また、悩んでおられる方々の参考になればと思います。
ただ、絶対に勘違いしないでください。ネフローゼの方全員に、適合するものであるのかどうかは分かりません。
徹底した食事制限、運動制限もあり、病院でもらう薬もあり、その上で、という話です。私の話を聞いて試してみようと思われる方は、一度担当の主治医の方に相談されたほうが良いかもしれません。そのことだけは、申し添えておきます。


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2006年04月11日

恐い〜!!

注射の始まりでした。^_^;
あまりにも恐かったのでしょう。目の前に現れた注射器の記憶から、先は覚えていません。
ただ、静脈注射という薬液と血液を一緒に入れるタイプの注射で、一旦引き抜いて血液を挿入させたかと思ったら、押し込む。ということを繰り返すタイプの注射でした。これ以降、毎日のように様々な注射を打たれるので、私はすっかり注射に慣れるようになりました。

その後、私は病室へ移され、入院が始まりました。
お母ちゃんが帰りました。

一晩中泣いていたそうです。
毎日お見舞いに来てくれましたが、やっぱり4歳の子には寂しかったのでしょう。
病室は、6人の仲間がいる部屋でした。
心臓の悪い子。肝臓の悪い子・・・。よくは覚えていませんが、重症の子供たちが集まった部屋のようでした。
話は前後しますが、これ以降、様々な経験をしますが、20歳になったとき、私以外は全員亡くなった、と聞きました・・・・。

私は今、すごいラッキーの元で生活しているのかもしれません。



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2006年04月08日

発病

4歳のころでした。
急にぶくぶくと太りだしたそうです♪
お父ちゃん(気恥ずかしいですが、当時はそう呼んでました^_^;)とお母ちゃんは、「運動不足」だと思い、走らせたそうです。
後から考えれば逆効果ですが・・・・。

その運動が始まってしばらくしてから、親戚のおじさんのところに遊びに行きました。大阪の寝屋川だったと思います。

そこで、両親は、叔父さんにこう言われたのです。
「これは、ただ太ってるんやない、なんかおかしいぞ!帰ったらすぐ病院に連れていき!」

そこで、言われたとおり、京都に帰ったあと、近くの内科へ行きました。
そこでは、一通りの診断のあと、
「これは、ここでは手に負えません、紹介しますので、国立病院(現京都医療センター)へ行って下さい」

想像するしかありませんが、この辺りから両親も「何かがおかしいぞ」と考え出したのかもしれません。急いでその足で、紹介された京都国立病院へ行きました。
内科的診断が行われたのだと思います。結果、尿検査で「4+」。
(「フォープラス」と読んでいます。決してレイザーラモンHGさんの「フォー」ではありません。・・・すいません余談です^_^;))

これは、蛋白尿の検査です。本来は、排出されるべきでない蛋白が尿に含まれる数値で、正常値は「0」です。
ところがその時数値は「4+」。明らかに異常数値。
ぶくぶくと太っていたのは、むくんでいたのです。排出されるべきものが排出されず、排出しなければならない尿素などが排出されず体内をめぐる。腎機能障害の一つですね。このままほうっておけば危険だというところまで来ていました。
病名は「ネフローゼ」

この辺りのやりとりは、私は覚えていません。ただ、この後の後継は鮮明に覚えています。
この結果を受け、緊急入院となりました。もう帰れなくなったのです。
そのまま診察台に、看護婦さんに寝かされました。
一人は頭、一人は右手、一人は左手、一人は右足、一人は左足。計5人に押さえつけられ、横になっている私の目の前に現れたのは黄色い液体(薬液ですが)が一杯入った注射器です。

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2006年02月03日

ずっと昔

 僕がまだ小さいころ、僕は「ゴリラ」といわれてました@(;エ;)@
なんで突然こんなことを言うのかと言うと、ちょっと夢を見たからです、小さいころの夢を♪ネフローゼって知ってますかあ?
 僕は、その病気にかかってました。
 当時は、原因不明の(今もかな?)難病で、症候群という名前もついていない、ただのネフローゼと呼ばれていて、国の難病指定も無いころです。
 4歳でしたが、京都の国立病院(今は京都医療センター?)に通っていました。13歳で完治して、今は、ごくごく普通に過ごしています。
 このこと、また詳しく書きますねえ@(^エ^)@

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